アーモンド

60年近く前、テレビのCMを見たのか、お菓子屋のポスターを見たのか、アーモンドグリコ(キャラメル)を「つくし堂」という菓子屋で買ってなめた。一箱十円だったと思う。夕方の気分と、白い箱のおしゃれなデザインと、アーモンドの味とのミックスは何ともいえない幸福感をもたらした。 アーモンド粒をローストしたものなど、木の実類はだめだが、キャラメル…

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はきちがえ

「はきちがえるな」というのは比喩的意味合いで言っているので、本来は、 履物やズボンなどを間違えてはく。(日本国語大辞典) 誤って他人の履物をはく。また左右をまちがえてはく。(広辞苑) まちがえて他人の履物を履く。(大辞林) 履物をまちがえて履く。(明鏡国語辞典) というようなことだろう。 ①他人の履き物をはく。 ②履き物の…

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枯坐

「枯坐」という言葉がある。『精選版日本国語大辞典』『広辞苑』には載っていないが、三省堂『大辞林』に、 こざ【枯坐】 ものさびしくひとりですわっていること。 「寂寞として羈窓の下に-すれば/世路日記 香水」 とある。 『世路日記』は、菊亭香水著、明治十九年刊。 「ふりがな文庫」には、 土間からオズオズ覗(のぞ)いて見ている大噐…

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ブラウザ

今朝、エッジでネットを見ていると、 表示できません というメッセージが出た。 オペラでやってみたが、やはりダメ。 「Brave」が「サクサク」を謳っていたのを思い出し、やってみると、表示された。どこが違うのだろうか。 午後にも、同様のことが起きた。 ブラウザは、 Firefox を長年愛用してきたが、先月、オカシクなった…

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半世紀ほど前までは、木材の床に黒い油を塗った施設があった。何故油を塗るのか、考えてもみなかったが、三越百貨店常務・林幸平の『続予を繞る人々』(昭和七年)の「下足問題」に、三越百貨店の床について、次のような証言があった。 震災以前には店内一面に茣蓙を敷き、階段には赤き絨壇を敷きつめて下足を預り、靴には一ち一ちカバーを掛けて客を迎へたので…

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百年後

大森金五郎は、大正九(一九二〇)年四月、「百年後を予想する尺度」を書き、 して見れば世界の大変動は当分無いものと思はれる。よしあつたとしても今日の勢を以てすれば日本に不利益は起らないと考へる。 と言った(『史伝史話』〈大正十四年刊〉)。 大正九年は、ちょうど今から百年前だ。この予想は完全にはずれている。予想というのは難しい。

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小路

明治・大正・昭和初期の東京に「今川小路」という町名があった。今の千代田区神田神保町三丁目、専修大学付近だ。「高家今川氏屋敷の横小路をいふ」とのこと。 「小路」とは「細道」のはずだが、「広小路」などという、訳のわからないものまでできた。 江戸の小路には、次のようなものがある。 秋田小路 愛宕下大名小路 稲荷小路(神田) 稲…

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見当り捜査

見当り捜査専門の警察官がいるそうだ。 顔写真などから手配者の顔や風貌を記憶し、商店街や駅前などような雑踏において通行人を見渡し、その中に当の容疑者がいないか探し、もしやと思われる人を呼び止めて職質する、といった捜査方法。 あまり効率がよいものとは思えない。 昔は、地面を見ながら物を拾い歩く人がいたそうだ。「地見屋」といった。 日…

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投げ銭

インターネットの世界では、ずいぶん前から「投げ銭」システムが提唱されていた。今でもやっているようだ。 しかし、私はこの名称に抵抗がある。金銭を「投げる」「投げ与える」というのは不遜な行為だし、それを受けるというのも恥辱的ではないか。 昔、伊勢神宮の手前、五十鈴川に架かる宇治橋の下で、投げ銭を受ける人々がいた。いつ頃始まって、いつ頃な…

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中山太郎

民俗学者・中山太郎の文章をいくつか読んだ。面白い人だ。南方熊楠・宮武外骨に通う所がある。型破りなのだ。熊楠・外骨には全集・著作集があるが、中山にはない。「選集」なら出せるだろうが、「全集」は無理だ。「選集」も出す本屋はないだろう。

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過剰

昨日届いた宅配便。本三冊だが、箱には「上積厳禁」「ワレモノガラス注意」「水濡注意」のシールが二枚ずつ貼られていた。いずれも不必要と思われる。本は上に何を乗せても大丈夫だ。紙は割れ物ではない。プチプチシートでくるんであるのだから、水に濡れるはずがない。何故このようなことをするのだろうか。古書店としては、我が子を嫁に出すようなつもりなのだろ…

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ていき

「ていきよし」という記述があった。「天気良し」である。 旺文社『全訳古語辞典』を見ると、 ていけ【天気】 〔「てんけ」の撥音「ん」を「い」で表記した形〕空模様。天候。 てんけ【天気】 「ていけ」「てけ」「てんげ」とも。「てんき」に同じ。 てんき【天気】 「てんけ」とも。 はあるが、「ていき(天気)」は見当たらない。 て…

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丿乀

「丿乀」という言葉がある。「へつほつ」「へつぽつ」と読む。 『大辞林』には、 船などが左右に揺れるさま。 『日本国語大辞典』には、 ① 漢字の字画の二種。左に払う「へつ」と右に払う「ほつ」。 ② 左右にゆれること。また、そのさま。多く、船などがゆれ動くさまにいう。 としかない。 しかし、某書には、 今年箱根の山越するは…

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貸本印

貸本屋印のある古本を買った。 見返しに、 岩手県二戸郡福岡町 呑香稲荷宮司宅内 貸本 稲荷文庫     〒四二番 と朱のゴム印が押してある。 ネットを見ると、現在は、 岩手県二戸市福岡五日町29 にあり、公式ブログも発信している。 「とんこういなりじんじゃ」と読むそうだ。 「戸」でもわかるように、岩手の最北…

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模倣?

大正二年六月廿日に『最新の好職』が出るや、七月四日には『無職者無資本者の顧問』が発行された。 模倣・追随というには余りにも早すぎる。同類の企画があったということか。 こちらのお勧めは。 1警視庁巡査 2電車車掌運転手 3保険の勧誘員 4内外汽船乗乗込員 5筆耕 6新聞配達 7砲兵工廠の職工 8牛乳配達 9郵便並鉄道…

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好職

大正二年発行『最新の好職』という本がある。 「青年立志/内地海外」と角書がついている。 お薦めの仕事は次のとおり。 1生命火災保険の勧誘 2台湾総督府巡査 3銀行会社商店の事務員給仕 4活動写真の弁士 5電車車掌運転手 6広告取扱 7諸商品の外交販売 8朝鮮総督府巡査 9汽船乗組員 10出版物予約勧誘 11通信…

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賈豎

賈豎という言葉がある。商人を卑下するものだ。 私はこの賈豎に出くわしたことがある。 三十数年前、尼崎の某ローソン。その頃はバーコードではなく、店員が金額をレジスターに打ち込んでいた。私がお菓子数点を籠に入れて持っていくと、店長とおぼしきおじさんが金額を出した。暗算をしていた私が「オカシイ!」と声を上げると、そのジジイはあわてて金額を…

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隠密

『著作堂雑記』文政八年に、 南畝老人死去之事、本月十二日公儀御届に及び候よし文宝いへり、穏密三ケ年に及べり、(乙酉五月下旬に聞) とある。 蜀山人太田南畝は、文政六年四月六日に亡くなった。これは馬琴等知己や親類は当然知っている。これを幕府に届けたのが三年後というのは足かけで、実際は二年数ヶ月後である。 今なら親の年金を詐取したと…

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私塾

幕末の私塾には難しい漢字を使ったものがあった。 輗軏堂(げいげつどう)  『論語』によるもの。 綏猷堂(すいゆうどう)  紫禁城太和殿に「建極綏猷」という額が掲げられている。

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校訂

天校訂を空うする勿れ、時に凡例なきにしも非ず これは、帝国文庫『落語全集』の凡例の書き出し。筆者は石橋思案。 昔は地口と言ったが、今「地口」と言う人はいない。「ダジャレ」で片付けられるか。 福地桜痴作といわれる「校正畏るべし」には及ばないが、校訂の苦労を言い得て妙である。

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「粤」という字が入力できない。読みもわからないし、部首もわからない。画数は11画か12画なのだが、辞書を見ても見当たらない。 Googleで 手書き入力認識 漢字 と入力すると、マウスで入力出来るページが出た。やってみると、 粤 が出た。音は「エツ」、部首は「米」だという。 「奥」の部首が「大」なのに、「粤」の部首がどうして…

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「白」の号

末尾が「白」の号。さほど多くない。「李白」の存在があまりにも大きいせいか。 尚白(江左尚白) 蕭白(曽我蕭白) 清白(伊良子清白) 素白(岩本素白) 道白(卍山道白) 不白(川上不白) 李白

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昭和16年

昭和十六年三月二十日発行の本を買った。本を見ても、この頃の日本は豊かであったことがわかる。ずっしりと重く、紙に厚みと艶がある。八十年近く経っているとは思えないほど立派な本だ。文字量の少ないのを紙の厚さでごまかそうとする本もあるが、これは違う。六号活字でびっしり組んで436ページ。カラー図版のアート紙のページまである。 これに比べれば、…

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県境

埼玉・栃木・群馬「3県境」でいたずら? 記念スタンプなくなりカメラ台も落下 https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e5%9f%bc%e7%8e%89%e3%83%bb%e6%a0%83%e6%9c%a8%e3%83%bb%e7%be%a4%e9%a6%ac%e3%80%8c3%e7%9c…

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漢字一文字で致仕

『太平記』に次の一節がある。 俊基彼奏状を披て読申れけるが、読誤りたる体にて、楞厳院(れうごんゐん)を慢厳院(まんごんゐん)とぞ読たりける。座中の諸卿是を聞て目を合て、「相の字をば、篇に付ても作に付ても、もくとこそ読べかりける。」と、掌を拍てぞ笑はれける。俊基大に恥たる気色にて、面を赤て退出す。夫より恥辱に逢て篭居すと披露して、半年計…

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訛音?

落語『大山詣り』のマクラで三遊亭円生が、 江戸に近いというので大山というところは大変に盛りましたもので……。山に登るというにはあれはなかなか大変でございまして、昔でもちゃんとそれだけの準備をしなくちゃなりません。 まず第一に、水垢離といいまして、向こう両国に垢離茶屋というものがあって、そこに着ているものを預けて川へ入ります。ここで一…

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テレビカメラ

知っている場所がテレビに出ると、実際よりもきれいに映っているのに驚く。狭い道なのにかなり広く感じられる。 テレビカメラのレンズには異物濾過作用があるのだろうか。若干広角ぎみのレンズでもあるようだ。銀座の映像など、歩道をなめてもいいくらい、きれいに映っている。 50年以上前は、テレビは実物よりも肥って映ると言われた。今はどうなのか、知…

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燕語

『燕語啓蒙』『燕語新編』という本がある。 念のため辞書を引くと、「燕語」は、『日本国語大辞典』には、 燕のさえずる声。 としかない。『広辞苑』『明鏡国語辞典』には項目がない。 『新大字典』を見ても、 ①つばめの雌雄が語り合うように鳴くこと。 ②酒盛りなどで、くつろいで語ること。 としかない。 『燕語啓蒙』は燕の鳴き声を解…

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紅孔雀

『紅孔雀』『笛吹童子』は子供心に浪漫を誘うものであった。今でも主題歌が思い浮かぶ。 調べると、『紅孔雀』は、 ラジオ放送は、 1954年1月4日〜12月31日、NHKラジオ第1放送 映画は、 1954年12月公開、東映製作 テレビは、 1961年8月1日〜1962年4月24日、NET放送 となっている。 『笛吹童子』は…

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嗅覚

炎鵬はごはんの炊いた臭いがダメだそうだ。妊婦にもそういう人がいるらしい。 味噌汁がダメという人がいた。「あのシュウカクがね、だめなんだよ」と言うので、若気の至り、「キュウカクでしょ」と言ってしまった。その人は温厚で「キュウカクがダメなのよ」と言い直した。 嗅覚(キュウカク) 臭覚(シュウカク) ともにあるが、その当時は「臭」は当…

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緑雨と人力車

内田魯庵の『斎藤緑雨』(全集第四巻所収)には、 左に右くリウとした服装(なり)で、看板法被に篆書崩しの齋の字の付いたお抱へ然たる俥を乗廻し、何処へ行つても必ず俥を待たして置いた。〈中略〉緑雨の車夫は恐らく主人を乗せて駈ける時間よりも待つてて眠る時間の方が長かつたらう。緑雨は口先きばかりでなくて真実困つてゐたらしいが、恁んな馬鹿げた虚飾…

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慳貧?

内田誠『落穂抄 露伴先生に聞いた話』には、露伴晩年の貧も描かれている。 内田は、「一体世の中はなぜ生きてゐる幸田露伴を大事にしなかつたのだらうか」と歎いている。 内田は、露伴の貧を気の毒に思うあまりか、 慳貧の本箱(133頁) 慳貧の本箱(152頁) と二度も誤記している。これは文選工・植字工の誤りだろうが、校正でも直せなかっ…

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国図

国会図書館本35ページの捺印は、戦前は 帝国 だったが、昭和23年の本は 国図 となっていた。 昭和22年までは 帝国 の印が捺してある。ただ、昭和21、22年の本には捺してないものも多い。 国立国会図書館は、 1948年(昭和23年)2月25日発足、同年6月5日開館。 とのこと。

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文章

年をとってくると、他人の文章について、自分に合うものと合わないものがはっきりしてくる。若い頃は好き嫌いなど言っていられなかったが、今は一読して抛擲するものが多くなった。 某氏の論文は、読むにつれて頭の中が爽快・明快になり、頭痛薬が効いてきた時のような感じを懐いたことがある。鷗外系か。 柳田國男は、民俗学では神様のように扱われているの…

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白旗

『日本国語大辞典』で「しらはた」を引くと、 ① 白い旗。白地の旗。戦争で降伏の意を示すのに用いたり、使者を表わすしるしにしたりする。はっき。しろはた。 ② 源氏の旗。平氏が赤旗を用いたのに対する。しろはた。 としかない。『大辞林』『大辞泉』『広辞苑』『明鏡国語辞典』も同様。 しかし、少なくとも五十年ほど前までは、褌を洒落て「白旗…

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作家評

人物評・作家評というのは難しい。ある程度近づきがないといけないだろうし、近すぎてもいけない。 小泉三申が、浪六・露伴両者を評した文章は有名だが、今日改めて読み、的を射たものだと感心した。 私はたまにかういふ冗談を言ふ。浪六さんの小説は、街道の咽喉にあたる峠に茶店を出してゐるやうなもので、通り過ぎた者はふり返らないが、あとから続いて来…

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謙虚な名前

今日の朝日新聞「経済気象台」に「退蔵する」とあったので驚いた。「退蔵」といえば「潁原退蔵」だからだ。そういえば「退」とは積極的意味合いの文字ではない。親は「控えめな人間であるように」と願って「退蔵」と付けたのだろうか。 京都妙心寺退蔵院のホームページには、 「退蔵」という言葉には、「価値あるものをしまっておく」という意味があるように…

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国立国会図書館の蔵書印

国立国会図書館の蔵書印と受入登録印 https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/post-1052.php というページがあった。 しかし、ここには、各冊35ページ目に捺してある「帝国」という印は出ていない。 何か秘密事項ででもあるのだろうか。 国会図以外、複数の大学図書館でページ…

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本文途中印

関西大学図書館蔵本には、 関大蔵書 という、小判形を引き延ばしたような印が押してあった。 何ページだか、今はわからない。

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図書館によって35ページとか55ページとか、ノドの所に三文判のような印を押していることがある。これは何印と言うのだろうか。書誌学や蔵書印研究の本に記述があるのだろうか。 ウィキペディアには、 蔵書印が本の上で捺される位置としては、表紙、見返し(表紙の裏面)、遊紙(表紙の次に入れられることのある白紙)、巻頭、巻末などがある。 とあっ…

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坂名標識

東京のあちこちの坂に、「○○坂」と名前と由来を記した標柱・表示板が立っている。これを始めたのはいつ頃か。 『読売新聞』明治十三年九月二十一日号に、 小石川区は坂が多くていろいろの名があれど、橋とちがつて名を彫付るといふわけにもゆかねば、知らぬ者の便利のため府庁へ伺ひずみのうへ、坂の名を記した札を所々へ出すといふ。 とある。これが始…

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山手線

五十年以上前、山手線を「やまてせん」という友人がいた。私は「やまのてせん」だよ、と注意した。その後、電車先頭のローマ字表記が「YAMATE」から「YAMANOTE LINE」と代わり、「やまてせん」ではなく「やまのてせん」が正式名称として改めて確認されることになった。 初めて山手線に乗った時だろうか、秋葉原駅のホームで「秋葉原」という…

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省線電車

前項引用文に出てくる「省線電車」とは、今の山手線のことである。昭和二十四年、日本国有鉄道が発足してからは「国電」となった。昭和六十二年の国鉄分割民営化に伴い、「国電」を「E電」とすることにしたが、評判が悪く普及しなかった。それなのに、「JR」という珍妙な名前は堂々と使い続けている。路線の名前はどうでもいいが、社名の簡略化は譲れないという…

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万年社

明治時代、万年社という広告代理店があった。 ウィキペディアの「広告代理店」の項に「万年社」は出てこないが、ウィキペディア「万年社」を見ると、 株式会社萬年社は、かつて大阪市中央区に本社を構えていた日本最古の広告代理店である。 とある。 下村海南『人口一億』(昭和十一年)には、 頃日、万年社の高木老と省線電車中に席をならべた時、…

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新らし節

大正二年、「新らし節」が流行した。 新らしい女はここと皆さんへ カムツーミー 待つててよ 宜くつてよ ハンケドンケ 誰れをキツスしやうか ヒツプヒツプ フレー ギブミー ユーアカツプ ジスツーユアーヘルス アイラブユー ユーラブミー ハンケドンケ 誰れをハツグしやうか 〈倉田喜弘『近代はやり唄集』(岩波文庫)による…

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オッペケペ

「ペケ」から「オッペケペ」を想起した。「オッペケペ」の「お」を取れば「ペケペ」、「ペケ」がその根幹にあることがわかる。 まず、「ペケ」について。 服部之総『Moods cashey』(初版昭和二十二年。岩波文庫『黒船前後・志士と経済他十六篇』所収)には、 上海ではいまでもサランパンというピヂン・イングリッシュがつかわれている。…

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ペケ

最近耳・目にしないが、「ダメ」とか「×」とかいう意味で「ペケ」と言った。 『明鏡国語辞典』『日本国語大辞典』は語源未詳とするが、『広辞苑』は、 中国語のbuke「不可」からとも、また、もとマレー語のpergiで「あっちへ行け」の意とも とする。 しかし、佐藤紅霞は、 「ペケ」は仏蘭西語のピケ(Piquer)の訛ったもので、仏蘭…

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勘繰れ?

安倍晋三は「忖度」という言葉を知らなかった。 武田砂鉄『日本の気配』に、次のようにある。 2001年にNHKで放送されたETV特集『戦争をどう裁くか 第2夜「問われる戦時性暴力」』の放送内容について、当時、内閣官房副長官だった安倍晋三や経済産業大臣の中川昭一が事前に放送内容に口出しした件は、プロデューサーだった永田浩三『NHKと政治…

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荷風の声

荷風の声が YouTube にあった。 永井荷風 肉声 昭和28年1月 https://www.youtube.com/watch?v=S8hSXY2naYk 聞き手は嶋中鵬二。「長谷川あけみ」という名札が見える。浅草の踊り子なのだろうが、詳細不明。70過ぎとは思えぬほど声が若々しい。 文豪の肉声 永井荷風、自身の履歴を…

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打つ・叩く

昔は物を打つという作業があった。今はほとんど機械にやらせているのだろう。昔は大工さんが口に釘を含んで金槌で打ちつけていたが、今は機械が釘を打っている。今の建設業者は墨縄で線を引くということをやっているのだろうか。子供の時に見たきりだ。 キーボードを「打つ」「叩く」という人もいるが、私は「押し」「撫で」ている。押し込みの深いキーボードは…

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