掛け声

世の中には変った人が多い。掛け声の様々を集めた人はいないだろうか。 ウィキペディアを見ると、 掛け声は、通常、 日本の伝統音楽、歌舞伎劇、 剣道などの格闘技の威嚇や指示、演奏その他に使われる叫び声や呼びかけを指す。 として、歌舞伎・民謡・邦楽のアンサンブル・祭りの例が出ているが、私の頭にあるのは、『日本国語大辞典』の 重い物を運…

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野崎左文子の初投書?

宮武外骨『明治奇聞』に、「野崎左文子の初投書?」と題する一項がある。 魯文翁の高弟として明治十年後、操觚界で名を掲げた野崎左文子は、仮名読新聞、いろは新聞、絵入朝野新聞、今日新聞等の記者であつた外、多くの諸雑誌にも筆を執られ、今尚健在で時々明治文化史的の叙述を公表されて居るが、明治九年四月十一日の『読売新聞』第三百六十号に左の一文が載…

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漢を上げる

Business Journal 記事に、 "漢を上げた"中居正広 https://biz-journal.jp/2020/02/post_143272.html とあるので驚いた。「男を上げた」ではなく、何故「漢を上げた」と書くのか。 国語辞典・漢和辞典には「漢を上げる」はナイ。悪漢・好漢・酔漢・無頼漢・暴漢・門外漢・冷血漢と…

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左利き

YAHOO!知恵袋に「左利きの作家・漫画家」があった。作家のみ引用。 荒俣宏 石原慎太郎 綿矢りさ 赤瀬川原平 澁澤龍彦 真保裕一 瀬名秀明 宮本輝 石原慎太郎は手書きだったろうが、最近の人はパソコンで書くので、右も左も関係ないかも知れない。 明治以前で左利きは野崎左文だけということはないと思うのだが。古い所が知りた…

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野崎左文

野崎左文は昭和十年六月八日に死亡したが、 昭和二年十二月二十七日付で、柳田泉に「自伝」「辞世」を託していた。 後の世はどんなに生まれかはるかと思へば死ぬも楽しみなもの 『書物展望』第四十九号(昭和十年七月一日)に「自伝」「辞世」が載っている。 左利きの文人というのは、他にどんな人がいるのか、私は知らない。

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辞世歌

日置昌一『話の大事典』「辞世」の項に有名人の辞世が挙げられている。歌のみ引用。 故郷に今宵ばかりの命とも知らでや人のわれを待つらむ(菊池武時) 借り置きし五つのものを四つ返し本来空に今ぞもとづく(一休禅師) 討つ人も討たるる人も諸共に如露亦如電応作如是観(大内義隆) 露と落ち露と消えぬる我身かな浪華のことは夢の又た夢(豊臣秀吉)…

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うるさい

ある人の文章に、 この地は門前往来も多く随分騒々しくあるも、一戸建てにて近所の交際なく隣家の声も聞えず五月蝿きこと無し とあった。 「騒々しい」「騒がしい」 と、 「うるさい」 というのは違うらしい。 前者は音量の問題だが、後者は「煩わしい」という気持ちの問題が絡んでいるようだ。

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量り売り

持ってきた容器や袋に量り売り 環境配慮のショップ開店 https://www.kobe-np.co.jp/news/tajima/202002/0013118941.shtml みそや乾燥湯葉、野菜などの食材を入れる容器や袋を持ってきてもらい、必要な分だけ量り売りを行う店舗「ゼロ・ウェイストやぶ」が15日、兵庫県養父市八鹿町高柳で開…

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有楽町線

堤精二先生のお宅は小日向二丁目だった。一度伺ったような記憶がある。多分、大学から先生とタクシーで行ったのだろうと思う。問題は帰りだ。どうやって帰ったのか、全く記憶にない。地図を見ると、大日坂を下って神田川に出ると、江戸川橋駅がある。 有楽町線の開業は1974年10月30日とある。すると、堤先生のお宅に伺った時には、既に有楽町線は動いて…

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文京区史

ある人物について、『文京区史』に記述があるらしいことがわかった。「日本の古本屋」を見ると、全五冊3,050円が最安値だ。全5000頁が3千円は安い。 念のためネットを見ると、国会図書館でデジタル化されている。しかし、全面公開ではなく、国立国会図書館または図書館送信参加館でしか見られない。 よくよく見ると、文京区のサイトに「文の京デジ…

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注文をまちがえる料理店

小学校五年か六年の時、学校の講堂で『注文の多い料理店』のアニメ映画を見た。タイトルを見て、よほど繁昌している店なのかと思ったらさにあらず、山の中の一軒家で、店からの注文が多いというのには驚いた。 今は「注文をまちがえる料理店」があるという。 「注文をまちがえる料理店」知って 認知症の人が接客…福岡市支援へ https://www.…

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船宿

「3桁くらい」コロナ影響で屋形船キャンセル相次ぐ https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202002150000900.html 『日刊スポーツ』の記事を見て驚いた。新型コロナウイルスの影響ではなく、今でも「船宿」があり、36軒の船宿が「屋形船東京都協同組合」に加盟している…

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遊学

「遊学」という言葉がある。これも今は死語か。「遊」の訓は常用漢字では「あそぶ」しかないが、「遠出する」「旅をする」という意味がある。今の大学生には「遊学」を「学校に遊びに行くこと」と考える者が多いのではなかろうか。 明治大正期には、『東京遊学案内』という本が毎年出ていた。いつ頃から始まったのか知らないが、国会図書館には明治二十三年から…

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天啓?

ネットを漂流していると、とんでもない発見にぶちあたることがある。ある事柄を調べていたところ、なかなか埒があかなかったが、かなり詳しい説明のPDFを見付けた。ところが、これは本の一部分、302ページから332ページまでをPDFとしてアップしたもので、書名も著者名もわからない。こんなことがあるのか。これは迷える私に授けてくださった天啓か。 …

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寒水石

ネット記事に、 大理石の産地として知られる中国雲南省大理市 とあったので驚いた。ウィキペディアを見ると、 漢字表現の「大理石」のほうは、かつての大理国(現在の中華人民共和国雲南省大理ペー族自治州大理市を中心とする地域)でこれが産出されたことに由来する。 とある。知らぬはおのればかりなり、という感じだ。 60年程前の夏、セミ取り…

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足バタ

昭和二十七年、八十四歳の鶯亭金升が、 「ああ、よく来てくれたねえ。きょうはまあ用事がないから、ひとつ足バタで話そうぜ」と、こういうことばがある。これは「お互いに足をバタバタして話そう」と、こういうようなことばなのです。 と語っている。 「気楽に、ザックバランに話をしよう」というような意味なのだろうが、この「足バタ」という言葉が、 …

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のだごと

林えり子『宵越しの銭』(河出書房新社)に記録された、秋谷勝三の語りの中に のだこと というのが出てくる。秋谷氏は、 小うるさい小言幸兵衛が、食ってかかれる相手でしたら「何をのだこと、つきゃあがる」と威勢よくお尻をまくります。この「のだこと」も東京方言の一種でしょう。二字目の「だ」を少し高く言うのです。 と言っているが、私の母は、…

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大丸有

千代田区に紀尾井町がある。上智大学・ホテルニューオータニ・東京ガーデンテラスのある所。紀州家・尾張家・井伊家の中屋敷があった所で、明治五年の命名という。 三菱地所は、大手町・丸の内・有楽町を一つの街とみて「大丸有」と名付けたという。「大丸」というと、大丸百貨店を想起してしまうので、あまり気の利いた名称とは思えない。その大丸も、本体は「…

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コイン

林えり子『宵越しの銭』(河出書房新社)に、秋谷勝三氏のアイデア商法の一つとして、 白木屋の煙草売場は三越にくらべて良くなかった。思案した秋谷さんは女店員に手をさわられても気にするなと言って、さわってもっていかれる渡し方を教えた。この方法で煙草は売れに売れた。 と書いている。煙草を触られながら渡す方法というのは、私には見当もつかない。…

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見当識障害

「相棒」 season18 第15話で、 情動失禁・記憶障害・見当識障害 という病名が出てきた。 年を重ね脳の血管がもろくなり、ある日損傷することで起こる、すなわち、老いによるもの という。 脳か心臓か肺か胃か腸か、どこかおかしくなって死んで行く。これは避けることができない。

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牛眼遣い

秋永一枝編『江戸弁辞典』(東京堂出版)に、 うしめづかい【牛眼遣】(解)未詳。大きく突き出したような目つきをいうか。 ▽牛眼づかひをしたくせに急に作り笑ひをしたり、〈あや 全三103〉 とあるが、(「あや 全三」とは『幸田文全集』第三巻) 露伴『牛の讚』(『露伴全集』第三十二巻所収)に、 過ちをみて仁を知るべく、それにも獅子の…

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太々餅

秋永一枝編『東京弁辞典』(東京堂出版)は、 だいだいもち【太々餅】(解)未詳。 として、長谷川時雨『旧聞日本橋』の例を挙げている。 「知らざるを知らず」というのは、「募集と募るはちがう」というのより、人としてよほど立派だと思うが、それほど難しい事柄とは思えない。 本山荻舟『飲食事典』(昭和三十三年。平凡社)には、 芝神明境内の…

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犬川

秋永一枝編『東京弁辞典』(東京堂出版)が届いた。早速「犬川」を引いたが、「いぬかわ」の項目はなく、 いぬっかわ【犬川】 犬のかわばた【犬川端】 の二項目があった。以下、両項目を引用する。▽以下は引用文、〈〉内は出典名である。 いぬっかわ【犬川】「犬の川端歩き」の略。 ▽犬は飲まず食わずです。で、飲まず食わずでただ行って帰ってく…

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結石

昨夕、尿と共に小物体が飛び出した。これが噂に聞いた「結石」というものだろう。径三ミリほどの塊。そういえば、前の日から排尿時、尿道に違和感があった。「痛い」という程ではなかった。人によっては劇痛に襲われるらしいが、私は物持ちがよくないのですぐ出てしまったのだろう。 日置昌一『ものしり事典医薬篇』「膀胱結石の摘出の始」には、 わが国にお…

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番組表

新聞のテレビ欄などまともに見たことはないが、今朝、時刻表示が、 11.15 となっているのに気付いた。 11:15 ではない。 どうしてこういう書き方なのか。ウィキペディアの「番組表」という項目では採り上げていない。 ネットに上がっている写真を見ると、 1968(昭和43)年の朝日新聞番組表は、毎時0分又は30分で横線の仕…

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誤釈

今はネットでいろいろな論文を見ることができる。今日見た某大学修士論文30ページに、 「教場の体裁教授方法、生徒の学歩共に管内の巨擘(きょはく)(=親指)」で、 とあった。引用文に語注を付けたのはいいが、まちがっている。 「教場の体裁」「教授方法」「生徒の学歩」が「親指」とはどういうことか。意味をなさない。 この人は何という辞典を…

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幼稚園

幼稚園の時の思い出。 入園テストで、二つの箱を示され、「どっちが大きいですか?」と聞かれた。 門の外に大きな桜の木があり、落ちた花弁を糸を通した針でつついて集め、首飾りを作ろうとした。(これはやらされたものだが、首飾りが完成したのかどうか、覚えていない) 教室に入ると、50センチ立方以上ある大きな積み木を重ねて友達が遊んでいた。私…

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センテナリアン

「センテナリアン」という言葉が目に入った。調べると「百寿者」のことだという。 ウィキペディアの「日本のセンテナリアン」を見ると、「芦原義重」がいた。私が二、三メートル離れた所から見た時は80歳を越えていた。あれから20年以上生きていたわけだ。 「むのたけじ」は、50年以上前、『詞集 たいまつ』を読んだ。 「物集高量」は自宅で取材さ…

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東京弁辞典

以前、『東京語辞典』は、新潮社から大正6年に出たものしかない、東京堂出版は何をしているのか、と書いたことがある。ところが、今日、『東京弁辞典』というのが東京堂出版から2004(平成十六)年に出ていたことを知った。秋永一枝編。684pで13,200円は高いが、古本屋で十分の一ぐらいなので、注文してしまった。 知ったきっかけが、自分で付け…

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見さされる

「見さされる」という表現を見た。「これが日本語か!」と驚くとともに、どういうことなのかとネットを調べると、ウィキペディア「使役」の項目にあった。 「×見さされる」は間違いで、 「見させられる」が正しいというのである。「使役+受身」だ。 同項には、 ○書かす ×見さす ×食べさす ×勉強さす ×来さす ○書かせる ○見させ…

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土団子

小学四年か五年の夏休み、水泳場に行かされた。チンチン電車に乗って駅前まで行き、そこから北へ。橋を渡った右下が水泳場だった。大人が何人かいたが、水泳指導をしてもらえるわけではなく、水遊びのようなものだった。水からあがると河原で日光を浴びていた。周りを見ると、砂・泥・土を丸めてソフトボールの倍ぐらいの大きな団子をこしらえ、互いにぶつけあって…

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歩み板

子供の頃、霜どけなどで庭がぬかるんだ時、親が板を何枚か敷いて歩きやすいようにした。これが「歩み板」というのだということを初めて知った。 『デジタル大辞泉』には、 人が渡るため、物と物との間に架け渡した板。建築・土木工事の足場の板、船と岸との間に渡した板など。 としかないから、私の踏んだ歩み板の説明にはなっていない。 『日本国語大…

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裏面貼付

最近やっているのかどうか知らないが、昔は郵便局が大きなワゴン車をイベント会場に乗り付けて、記念切手の販売をしていた。私は偕楽園と甲子園で購入したことがある。甲子園のは、記念切手と葉書がセットになっていた。大きな切手なので、通常の切手貼付欄には貼れない。局員が、「ここに『リメンチョウフ』と書けば配達されます」と言った。私は頭の中で「裏面貼…

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にわか

「にわか雨」とは言うが、今日、「にわかに」という表現はあまり使わない。 『日本国語大辞典』には、「にわか」の宛字として、「卒」「卒爾」「遽」「頓」「俄」が挙げられているが、「猛」も「にわか」と読む。漢和辞典の「猛」には「にわか」の意味があるが、国語辞典で「猛」を引いても「にわか」の意味は載っていない。

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つのる

首相が「募集ではなく、募っているという認識」と言ったという。 首相答弁が大喜利ネタに https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200128-00010007-bfj-soci 『日本国語大辞典』で「つのる」を引くと、一番最初に、 権力や武力をふりかざして度を超えた行動をとる。 とある。まさに首…

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すげない

「すげない」はあまり聞かないが、「そっけない」ならありそうな気もする。「つれない」も聞かない。いつか、「冷たい」になってしまったか。石原裕次郎「俺はお前に弱いんだ」は、「つれないそぶりしたけれど俺の胸は燃えている」で始まる。昭和三十九年の歌。

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無人相

江戸・明治期には「ぶにんそう(無人相・不人相)」と言ったが、今は死語。「無愛想」にとって代られた。岡本綺堂は「不人相」「無愛想」両方使っている。「すげない」という言葉も最近聞かない。

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引退

大相撲初場所千秋楽結び前の一番で、舞の海は、豪栄道コールについて「引退を惜しむものか」という意味の発言をした。北の富士はそれを否定したが、すぐ「舞の海さんは境川部屋のコーチだから、何かを知ってるね?」と言った。舞の海は「そういう情報は入ってきておりません」と打ち消した。 このやりとりを受けて、カメラは、土俵下の境川親方を映し出した。親…

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膏薬

昔は「膏薬」と言ったが、今は「貼り薬(貼付薬)」か。明治から昭和にかけては「按摩膏」というのがあったらしい。私が子供の頃、家にあったのは「トクホン」だ。私が大人になると「サロンパス」の広告が目立ち、年を取ると「フェィタス」となった。サロンパスもフェイタスも久光製薬から販売されているのはどういうことか。どう違うのかわからない。

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定限年齢

明治三十四年十一月刊、王鴻年『日本陸軍軍制提要』には、「陸軍軍人現役定限年齢表」が付いている。ウィキペディアには、 停限年齢は、大日本帝国で定められた、官吏その他が法規・規則上、当然退職しなければならない年齢である。 とある。 「陸軍軍人現役定限年齢表」では、 中将 六十五歳 少将 六十歳 憲兵大佐 五十七歳 憲兵中佐 五…

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消滅?

ブログやカウンターを利用していたサイトにアクセスできなくなった。株式会社サムライファクトリー。自分のページはもちろん、この会社のサイトにもアクセスできない。 170万人が利用。謎のWebサービス「忍者ツールズ」 https://www.dreamgate.gr.jp/contents/case/company/25324 この紹介…

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都?

大阪市をなくしても「大阪都」になるわけでもないのに「都構想」などというデタラメなキャッチフレーズを作ってアホな市民を巻込んでいる政党がある。「都にはならない」と突っ込まれると、今度は「住民投票で、国に『都になれる法律』を作ってもらうようにしよう」などと言い出した。 東京「都」は地方交付税を受け取っていない。そんなに「都」になりたいので…

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仂車

50年程前、看板やガリ版印刷物で「仂」という字をよく見た。ウィキペディアによると、「ゲバ字」というそうだ。「働」と書くのは面倒だから、中間の8画を省いて「仂」としてしまえ、というのは省エネだ。 明治の文献には「仂車」という言葉が出て来る。ゲバ字を知っている者からすると、「仂」は「働」、「働」は「動」に近いので、「仂車」を「自動車」と誤…

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鴇婆

ある本に「鴇婆(やりて)」とあるのに驚いた。「遣手」「香車」「花車」「鎗手」というのは見たことがあるが、尾佐竹猛『下等百科辞典』を見ると、 本来は鴇母又は鴇姿と書かれ、楼中ではおばさんと呼ばれて居る。 とあった。二番目の「鴇姿」は「鴇婆」の誤植ではなかろうか。その証拠に、この後の七例は全て「鴇婆」となっている。 何故本来の表記が「…

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勧誘員

《今迄エッセイを掲載していたブログにアクセスできなくなったので、新たにこのブログを開設しました》 「勧誘」というと、新聞、保険、銀行、宗教、投資、金融商品、不動産、タレント、モデル、風俗業務などを思い起こすが、広義では「広告」も勧誘行為だろう。「勧誘員」というと、新聞、保険か。 明治時代には、病院が「勧誘員」を雇って「勧誘」していた…

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